2015年6月15日月曜日

多摩美術大学ミーティング

6月12日(金)
多摩美術大学にて桧山茂雄先生と開催予定の座談会「東京オリンピックとアリフレックス」についての検討会


東京オリンピックに使用されたキャメラ、レンズ、フイルムの
長さまで記録されています
1965年制作の映画「東京オリンピック」で使用されたキャメラはアリフレックス及びアイモなど百数十台が使われました。
その技術チームの監督的立場であったのが、潮田三代治(日映新社)でした。技術雑誌に当時撮影に携わった方々の座談会が収録されており、大変興味深く読ませて頂いた。今、改めて、潮田三代治キャメラマンにも登場頂き、東京オリンピックの撮影に携わった皆さんの話を伺おうという企画を準備中です。
技術雑誌座談会に参加されたのは、田中正(毎日映画社)山崎敏正(朝日TVニュース)松井公一(中日ニュース)など8名が参加されました。


座談会出席者

★聖火は9月20日に原爆投下の街を通過し、富士山の裾野を通過して、史上最大といわれた開会式が行われる東京へ・・・・。この映像が潮田キャメラマンと市川監督との間のトラブルがありました。

映画公開後に出版された雑誌「キネ旬」の扉には、潮田キャメラマンが撮影した、映画の冒頭近くのシーンが掲載されています。

市川崑監督より依頼されて撮影したものの、スタート前から内容について監督とキャメラマンの闘いがあったとのこと。このエピソードについては、後日、正しく掲載したいと思っています。

また映画「東京オリンピック」については、当時のオリンピック担当大臣であった河野一郎氏が「記録性に乏しい」と酷評したため、記録映画か、芸術映画か、ということで公開当時は話題になりました。

アイモと桧山先生
「東京オリンピック」(1965)170分/東宝
1964年に開催された東京オリンピックを撮影した、市川崑が総監督を務めた長編記録映画の金字塔。公開当時は「記録か芸術か」という論争まで巻き起こったという。記録映画であるにも関わらず脚本クレジットがあったり、シネスコサイズで撮影されていたり、ドキュメンタリーとしては異色の内容となっている。脚本には市川崑、和田夏十の他に、白坂依志夫や谷川俊太郎が名を連ねている。(allcinemaより転載)

市川崑
経歴【1915年〜 2008年】日本のアニメーター、映画監督。娯楽映画から実験的映画、更にはテレビ時代劇ドラマまでを幅広く手がけ、昭和の日本映画黄金期から21世紀初頭まで、第一線で映画制作に取り組んだ。代表作に『ビルマの竪琴』『おとうと』『東京オリンピック』『犬神家の一族』『細雪』などがある。
平林プロデユーサーと桧山先生。レンズの回転部分で修理が
必要とおっしゃっていました

桧山先生と筆者杉浦。当時軽くなったとはいえ、やはり重い。



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